耳にコバン 〜邦ロック編〜 第18回

第18回 バレンタイン・コネクション

コバン・ミヤガワ

 

人って、目の前にある物が、持ってみると想像とはかけ離れた重さだった時、思考が一瞬止まるんだ。バレンタインデーにボクはそう気が付いた。

 

高校1年生の時の話だ。やっぱり2月はソワソワするのだ。いくら「ボク甘いもの苦手だからなー」とスカした態度をとろうが、鼻の下は伸びている。「興味ない」と言いつつも、バレンタイン当日の朝は、机の引き出しを一応確認するのだ。しかも奥の方まで入念に。高校男児なんてそういう生き物だ。

ボクには当時付き合っていた彼女がいた。クルクルの天然パーマが可愛らしい子だった。

いざバレンタイン当日。ニヤつく顔を必死で抑え教室へ向かう。同じクラスだった彼女は、もう教室に着いていた。みんなに挨拶をして席につくと、早速彼女がやって来た。手には何か持っている。「来たっっ!」内心ウキウキだったが、何食わぬ顔で接しなければ。「あれ、今日バレンタインだっけ?」くらいのテンションで話そう(今となっては恥ずかしい限りである)。

 

「おはよう」とボク。

「おはよう」と彼女。

「ん、これ」と箱を差し出された。箱ティッシュより一回り小さいくらいの大きさだった。

「お、あんがと」と箱を受け取る。

 

箱を手にした瞬間、ボクの脳はショートした。

 

ズシンッ!!

 

その箱がレンガのように重かったのだ。このくらいの重さだろう、という想定で力を入れた腕を10センチは下げられた。一体、今ボクは何を受け取ったのか。本当にチョコレートが入っているのだろうか? あれ、今日は何の日だったっけ?

「今食べてみてよ」

その一声で我に返った。あ、やっぱりもらったのはチョコレートか! 今日はバレンタインだ! よかった。

 

恐る恐る開く。もしかしたら、チョコレート以外のものが入っているのかも。それで重いのかも! 開いてみると、箱いっぱいにギュウギュウの生チョコレートが隙間なく詰まっていた。どうやら箱の内側にラップをして、そのまま生チョコを流し込んだようだった。どうりで重いわけである。ギチギチにチョコレートで、空気入ってないもの。

「ちょっと作りすぎたわ」と彼女。

うーむ、作ってもらっておいて失礼だが、流石にちと多いぞ、これは……

しかし、彼女がせっかく作ってくれたのだ! ありがたく食べよう。

一口食べ「美味しいじゃん! ありがとう」「帰って食べるわ」

こうしてその年のバレンタインは終わった。

元々甘いものが得意ではないボクは、食べ切るのに2、3日かかった。その後、少し体調を崩したことは、ここだけの秘密である。

 

唐突だが、バレンタインソングというと何が思い浮かぶだろうか? 国生さゆりの「バレンタイン・キッス」やPerfumeの「チョコレート・ディスコ」などの王道バレンタインソング? もしくは、バレンタインに限らずラブソングが聴きたくなる方もいるだろう。

バレンタインについて書こうと決め、いろんな曲を聴き漁っているうちに、ある疑問が生まれた。

「日本最古のバレンタインソングって何だ?」

日本で初めて「バレンタイン」について歌われた曲は、いつ、誰が作ったのか。

 

というわけで今月はバレンタインソング特集です! 日本の「バレンタインソング」について深掘りしていきたい。「バレンタインとロック」、一見関わりがないようにも見えるが、邦楽バレンタインソングの始まりには偉大なロックレジェンドが関係していたのだった!

調べてみると「バレンタインデー」というイベントにフォーカスして歌われた最初の曲は1977年らしい。意外にも新しい。

その曲とは〈いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー〉の「バレンタイン・デー」だ。

 

いしだあゆみといえば「ブルー・ライト・ヨコハマ」が代表曲だが、女優としても有名だ。最近『男はつらいよ』シリーズを観直していたら、寅さんが京都の陶芸家の所に入り浸る回にマドンナとして出演していた。妖艶で儚くて、色っぽいんだこれが。大原麗子の次に好きだね。

ティン・パン・アレイ・ファミリーは、あまり聴き馴染みないかもしれないが、錚々たるメンバーが揃っている。邦ロック編の第1回で紹介した「はっぴいえんど」の細野晴臣、鈴木茂。音楽プロデューサーの松任谷正隆(ユーミンの夫)など、最強チームなのである! もう名曲の予感……!!

そんな「バレンタイン・デー」は1977年発売の『アワー・コネクション』というアルバムに収録されている。

 

 

アルバム自体はすごくポップで、都会的。でも陽気とも言い難い。言うなれば都会の夜、大人の色気。そんな雰囲気のアルバムだ。いしだあゆみの艶やかな声と、心地良いバンドサウンド。これ以上何を求めようか。

そんなアルバムで、日本最古バレンタインはどのように歌われたのか。歌詞の一部を見てみよう。

 

可愛い娘から 贈り物もない
淋しい男なら 私の所へ
どうぞ遊びにおいで
今夜だけ抱いてあげるわ

バレンタイン・デーの
今日は夜なのよ
淋しがり屋が 私は好き とても好きよ
遠慮しないで ここにおいでよ
淋しがり屋が 私は好きよ ここに……

 

この曲を初めて聴いた時、ボクは感動した。なぜなら、この曲が「もらった人」でも「あげる人」でもなく「慰める人」の歌だからだ。しかもそこにバレンタインと隣り合う「恋心」も見て取れるからたまらない。

場所はどこぞのスナックかな。チョコも何ももらえなかった男がふらっとひとり、扉を開ける。ママが出迎えてくれる。もちろんいしだあゆみだな。色っぽい声で優しくそっと慰めてくれる。「それでも好きよ……」なんて言われちゃったりして。そんな雰囲気。ボクのお母さんに慰められているのとはわけが違うんだから。

通っちゃいますよここ。週6でこのスナックには通いますよ!!

 

日本で初めて歌われたバレンタインは、チョコレートなんて一言も出てこないんだ。しかも「ラブソング」なんて簡単な言葉で片付けられない色気と、メランコリックな雰囲気がプンプンするんだ。これもバレンタインのひとつの描き方だ。どうしてもバレンタインを楽しむ男女を描きがちだが、第三者のバレンタイン像。これを曲にするセンス! そして何よりそれを一番最初に表現する才能。

圧巻の1曲である。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/

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