第29回 ちょうどいいお話
コバン・ミヤガワ
『男はつらいよ』が好きなのは「ちょうどいい」からだ。
山田洋次の映画『男はつらいよ』シリーズが、大のお気に入りである。
『男はつらいよ』は、渥美清演じる「フーテンの寅」こと、車寅次郎が主人公の人情映画である。
初めて観たのは、大人になってからだった。「有名だし観てみるか」という程度の気持ちで第1話から観始めたのだが、これが見事にハマってしまった。情に厚く、「ザ・江戸っ子」な寅さん。優しい柴又の身内たち。そして美しいマドンナとの恋。シリーズ全48作(正確には50作)を一体何周したことだろう。
集中を要しない作業のときには、もっぱらこの映画を流しっぱなしにしている。作業のお供には『男はつらいよ』が最適だと思っている。というのも、このシリーズには、お決まりのパターンがあるのだ。
①寅さんが柴又に帰ってくる
②一悶着ある
③マドンナ登場、寅さん恋をする
④マドンナといい感じになる
⑤寅さん、失恋
⑥旅に出る
この①〜⑥を繰り返すのが「男はつらいよシリーズ」なのである。もう分かってるんだから! どうせフラれるんでしょ! そう思っても観てしまう。なぜなら寅さんに会いたいから。何度観てもついつい笑ってしまう。それが『男はつらいよ』の魔力である。
一時期『釣りバカ日誌』シリーズを作業のお供にしていたこともあるのだが、ゲラゲラ笑ってしまい、作業にならないのでやめた。
寅さんたちが巻き起こす「フフフッ」という笑いが、ちょうどいいのだ。
さらに、一話ごとの時間もまたちょうどいい。ほぼすべての作品が、110分以内に収まっている。これが90分なら物足りないだろう。反対に120分を超えると、毎度同じ展開なので、長すぎて飽きてしまう。110分以内という長さは、見事なまでに「ちょうどいい」のだ。
色んな意味で「ちょうどいい」
それが『男はつらいよ』
映画って2時間をちょっと過ぎるくらいがちょうどいいなって思うんです。まとまりとボリューム、どちらも満足できるのは、それくらいの時間だと思う。それ以上長くなると、疲れてきちゃうわけである。
そして、音楽にもその現象ってあると思うわけです。音楽にも「ちょうどいい長さ」はあるのである。
クラシックって長い。それは「演奏会でしか聴くことができなかったから」という歴史に由来する。わざわざおめかしして演奏会に赴き、10分ちょっとで終わってしまったら満足できないだろう。
のちにレコードができて以来、家庭でも音楽を楽しめるようになると、曲の長さはグッと短くなる。いわゆるポップミュージックにおいて定番になっているのは、
イントロ→Aメロ→Bメロ→1サビ→
Aメロ→Bメロ→2サビ→
間奏→3サビ→アウトロ
という形である。この形式を取ると、一曲というのはおおよそ5分くらいの長さになる。もちろん、形式、曲の長さに例外はある。
ところが、昨今の音楽大量消費時代においては、そうもいかない。5分でさえ長いと感じる人も少なくない。途中で飽きてしまい、タップひとつで次の曲を聴きだす。聴いたことのないアーティストならば、なおさらだ。これこそ、今音楽で売れることが至難と言われる一つの理由だろう。
正直、現代において5〜6分の曲を聴く理由というのは、そのアーティストが好きだから。もしくは、話題だから聴いてみようという好奇心にほかならない。
そんな中で、今回紹介するバンドは、初めて聴く人の心を鷲掴みにしてしまう不思議な魅力を持つ。それは、その音楽もさることながら、曲をサクッと終わらせてしまう「ちょうどよさ」にあるのだ。
andymori(アンディモリ)というバンドだ。
アンディーモリではありませんよ。アンディモリです。間違えるとガチファンは怒り出しちゃう。2007年結成、2014年解散の3ピースロックバンドである。
「ボク的andymoriの最大の魅力」は、曲の「アッサリ加減」である。
曲が短い。とにかく短い。長くても4分ちょっと。中には30秒で終わってしまう曲だってある。
「あぁ、いい曲だなぁ」なんて思っているところでサクッと終わるのだ。この歯切れの良さと気持ちの良さ。残るのは爽快感。
andymoriを好きになったのは、中学の終わりか、高校の初め。テレビの音楽チャンネルで、当時デビューしたてのバンドが目に留まった。疾走感のある曲で「いい曲!」と思っているうちに、あっという間に終わってしまったのだ。
音楽が好きになる理由ってたくさんある。歌声、ギターの音、メロディなどなど。しかし、聴いたことのないバンドの「初めて聴く曲」そのものに一気に心を鷲掴みにされる経験は、後にも先にもandymoriだけだ。
え? 「andymoriは曲が短いだけが取り柄なのか」ですって? いえいえ、そんな事はありません。短いからって侮っちゃあいけませんよ旦那。いい曲ばっかりなんだから。
ジャジャ馬なドラム、それを支えるベース、透明感のある歌声。これもandymoriの魅力である。
「無垢な少年が、ギターに出会い、ロックに出会い、キラキラと輝き出す」
ロックの持つ「純粋な」衝動がandymoriからは聴こえてくるのだ。歌詞もまた、フォークのような叙情性があって、曲を引き立てる。それでいて、ときにハッとさせられる。
ネバーランドはどこにもない ふと気づいたら誰もいない
一人で見上げる空に星を見つけるだけさ 夢に夢見るだけさ
(ネバーランド)
はしゃぎまわった友達が笑わなくなったのは誰のせい? 分からないが
それでハッピーエンドなんだ ハッピーエンドなのさ
(ハッピーエンド)
きっと世界の終わりもこんな風に味気ない感じなんだろうな
(すごい速さ)
ギターボーカル小山田壮平の書く歌詞の世界観って、まるでおとぎ話の中にいるような多幸感がある。
それは僕らの生活の中で、なんとなく通り過ぎてしまった一瞬の煌めきなんだ。何気ない日常の中にも素敵なファンタジーはあるんだ。小山田は、そんな一瞬をつぶさに、純粋に感じ取る人なんだろう。そんな曲を2〜3分でアッサリ歌ってしまうその「ちょうどよさ」は、聴く人を虜にし、得も言われぬ懐かしさを与えるのだ。
聴けば次の日、見る風景がちょっぴり光る。それがandymori。
オススメは、2009年のファーストアルバム『andymori』です。
正直どのアルバムもオススメなのだが、サクッと聴くには「ちょうどいい」アルバムである。
[ライタープロフィール]
コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/