シャバに出てから──『智の涙』その後 第10回

第10回 何も言う資格はないのにね

矢島一夫

ないないづくしで一円もない。泣くなく大切なCDを15枚ブックオフに売った。長い年月、喜怒哀楽の俺を支え励ましてくれた数々の想い出は、3070円の金を受取ることで去った。

公園で、3日も石のベンチにゴロンしている若者がいた。高所のベンチから下方の水道がある所まで歩けなくなったという。

公園前にある林商店に行き、事情を話しパンを5個買った。「あっ、飲み物も必要だね」と言うと、店主は「これを…」と言ってペットボトルのお茶を1本カンパしてくれた。

漫画喫茶で夜をこなしていたが、そこに行く金も尽きたと言っていたS君。俺の善意に図にのり、「500円かして!」だと! 「それはできない」と答えた。金に代るもの(ビデオ・CD)を何点か持って行ってあげた。後で聞くと、「600円になった」と言っていたが「ありがとう」の言葉はなかった。

今の若者は、なぜ、ありがとう・すみません・よろしくお願いします、が自然に口から出ないのか!?

うちに連れて来て、風呂に入れてやり、女房が作った大盛りチャーハンをたいらげ、ゴロンして野宿の疲れを癒していた。

その後、3〜4回来訪する中で、ハケンの宿舎にも入れる様にリーディングした。今は落ちついたのかナシのつぶ手。

女房は、怒ってる。何人もの人に親切しても、あまりにも礼儀知らずだ…と。

いいんだよ、何も見返りを求めて俺は人と接してるわけじゃないんだから…と俺は言う。いろんなエピソード書いたら切りがない。

漢字勉強会に来る若い女性は、Sがなれなれしくうちに来た様子を目の当たりにしてこう言った。

Sという汚ないみなりの男が、北公園のあづまやで寝とまりしていた。園内と水のみ場まで歩けない状態。おじちゃんが家につれて来ていろいろ世話し、着がえも渡し救ったにも関わらず、連絡もお礼もなく今に至っている。あんまりだ。

しかもSはえらそうな態度で気にさわることもあったけど、世話をして見守っていたのに、心ない残念な結果に腹立たしく思えた。

彼女いわく、実は、現在の上辺だけの一過性の人間関係に疲れて嫌気がさして来ている。

うわべだけのコミュニケーション、今、人は情にうえ理が見えなくなっている。

愛情・同情・友情・まことを見失って、表面は善人づらして街をさまよっているような感じに思えてならない。

 

彼女の言葉を受けて、茶呑み友達の薩摩隼人の隣人が言う。そうだよね。ロシアのウクライナ侵攻で数え切れない人が、殺し殺されているのに日本じゃ金欲色欲の果てに、子殺し親殺し保険金殺人やIT機器を悪用した事件が後を断たないなんて、日本の恥さらしだよ。

嘘ごまかしの上塗りをくりかえして殺された安倍の国葬なんてとんでもない政治的愚行だよね。安倍が殺された事によって、旧統一教会と自民党の政治家どもが30人も世にさらされたでしょ。これは、自民党政治と日本をめしの種にして来た悪質な宗教団体が、利用し、利用される関係であったことを自らさらけ出していると思う。

これを受けて、先述の彼女は言う。

いろんなことに疑問をもちながらも、こじんまりとだが「保障」され守られた自分第一の生活に満足しているんじゃないの? メル友・ネット友・ホスト・風俗・ジャニーズ・秋葉原・JKさんぽ・パパ活・エログロ、そんな中からある日突然牙を向き出す人間が現われる。

それを受けて、社会で行き場所がなくなった。だから刑務所に行きたい。だから人を殺して死刑になりたかった。だって!

母と弟を殺すために他人を刺傷し予行練習したという少女の心痛や社会への警鐘を「善人づら市民」は、どう受けとめ、何を省悟し今後はどう生活を変えようと思うのか。俺はそう彼女に話した。

俺は思う。カラッケツになったとき、誰もそれを知らないし、自分で、何を、どうして、めしを食うかを考えなくてはならない。

今の日本は救いようがないよ。乗り物の中・歩きながら・チャリに乗りながら、スマホとイヤーホーンで自分を縛りつけている。

歯止めはきかないよ。IT機器を活用できない俺の様な、現代の浦島太郎は、自然の形で、社会的な淘汰をされていくだろう。

だが、俺はニヒリストでもなければオポチュニストでもない。原泉こんこんと湧き昼夜をとわず、穴に満ち、しかるのちに進み、やがて四海に至る、このプリンシプルをもっている。失うものは何もない。それだけじゃない。失ってはいけない大切な人たちがいる。現状と自身を歩々アウヘーベンするしかない。

俺の文章を毎月読んでくれる人たちがいる。最後のひと呼吸まで、俺は自分の弱さと戦う。

前述の彼女、ある公園である朝、ダブルワークの夜勤帰りで少々ご機嫌ななめだった。のら猫ちゃんをいつも一緒に世話していたIさんに日頃のうっせきしていたものをバクハツさせた。「何でおじちゃんや他の人はやさしい言葉で話すのに、わたしにはきつい言葉でいうのか。バカにするな!!」と言ってとびげりを入れた。両手で二、三発なぐりつけた。それをとめたわたしの体に身を寄せ泣いた。

「そうだよな、人を見て言葉やしぐさを差別するのはよくないよな。でもキレて今みたいなことしたら、見ている人がいたらチンコロされちゃうよ。おじさんもよく話してあげるから、今のフラストレーションで気を静めよう」。そう言って背中を撫でてあげた。

人と人とのあいだ柄的関係は五分と五分。決して見くびったり尊大になってはいけない。金や身分があろうとなかろうと、立って半畳ねて一畳の空間から成り立っているのだ。そこから生じる思い上りと欲がトラブル・アクシデント・犯罪・戦争に発展していく。

男に蹴りを入れた「かよわき女性」や、やむにやまれず、体を張って安倍と旧統一教会の非情理を暴露した青年から、反省させられた。

旧統一教会とのオドロオドロしい関係が、一人の青年によって命がけのバクロがあったら、「今後は関係を断つ」という政治屋。ふざけろ! 何を、どう気づいて、どこがどういけなかったから関係を断ち、今後はそのつぐないを、こうする、というものが、スッポリ抜けている。

それでいて、「自民党はビクともしない」だと! こんな耳くそのような自民党を支持したり、社会を国民主体にしようとしない「善良なるシミ」は、生きざまをパーコレーションしたほうが、清々しい人生になると思うよ!

 

[ライタープロフィール]

矢島 一夫(やじま かずお)

1941年、東京世田谷生まれ。極貧家庭で育ち、小学生のころから新聞・納豆の販売などで働いた。弁当も持参できず、遠足などにはほとんど参加できなかった。中学卒業後に就職するが、弁当代、交通費にも事欠き、長続きしなかった。少年事件を起こして少年院に入院したのをはじめ、成人後も刑事事件や警官の偏見による誤認逮捕などでたびたび投獄された。1973年におこした殺人事件によって、強盗殺人の判決を受け、無期懲役が確定。少年院を含め投獄された年数を合わせると、約50年を拘禁されたなかで過ごした。現在、仮出所中。獄中で出会った政治囚らの影響を受け、独学で読み書きを獲得した。現在も、常に辞書を傍らに置いて文章を書きつづけている。

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