第4回 ある公園の情景② 「おじさんはバカ?」
矢島一夫
(前回に引き続き、私がシャバに出てから毎朝続けている、公園の清掃の仕事をしながら出会った人たちとのやりとりを紹介していく。)
梅雨の長雨や冬の氷雨は、公園の清掃もしづらい。雨の上がった日にやればいいことになってはいるが、敢えて雨に挑戦だ。
刑務所は監房と工場の往復で、雨に濡れたことがなかった。屋根つきの渡り通路を歩くからだ。
シャバに出てから2週間に1度、保護司宅へ面接に行く。ある時「今日は雨降りなので行けません。雨具がないのです」と言った。出所後は、それほど無い無いづくしの暮らしだった。
ある夏のこと。近所のマンションのエントランスに腰を掛け、雨に打たれながら仕事を探して疲れた体を休めていると、近所の人に通報された。ポリスには、「獄中で味わえなかった雨の匂いをかいでいるんです」と話したが、恐い世の中になったもんだ。いたる所に監視カメラがあり、「不審者を見たらすぐ通報」の看板があり、市民が市民を監視する岡っ引き社会。ぞっとしたり、苦笑したりする。
2020年10月9日。今日は雨。仕事に行く前にこれを書いている。雨の日の公園、トイレは汚物やちり紙の散乱、タバコのすいがら、土足の汚れが目立つ。だが、キタナイ所を優しい気持ちでキレイにする。
さて、ある晴れた日のこと。保育園の幼児たちが、私の周囲に集まってくる。落ち葉はきや袋詰めを手伝いたがるのだ。決して足手まといだとは思わない。
「よくできたね。手伝ってくれたから、こんなにキレイになったよ。ありがとうね」
と私は言う。その時、ある子がこう言った。
「おじさんは、バカ?」
「なぜ?」と聞く私に、「だって、いつもキタナイところを掃除しているから…」だって。笑った、笑った。
そばに来た保育士さんは「そんなこと言わないの!」と優しくたしなめ、
「すいません。失礼しました」と言って笑った。
「いいんですよ、その通りなんだから…」。私も笑った。
そして、その子に言った。
「キタナイ所も誰かがやらなきゃ、キレイにならないでしょ」と。
子どもが、なぜ? どうして? と聞くのは、とても良いことだ。親や先生、社会はそれに誠実に応えなければならない。
幼児・子どもは遊ぶのが仕事。いたずらし、いじわるをしたりされたり、泣き、笑い、はしゃぎ、いろんなことにチャレンジして成功したり失敗したりする。その都度、なぜ? どうして? を繰り返す。だから「遊」という字は、子が人として成り立ってゆく方法と、前に進む道という意味の造形なんですね。
たしかに「おじさんはバカ」でした。馬齢を重ね、この年になっても世間一般の人並みな「自立」生活ができない。地を這う虫のように、人さまが汚し、散らかしたものを落ち葉と共に掃除している。だが今は、馬を見て鹿というようなおえらいさんのような人たちとは違う。
自らと他人を分け観る力持て
自分の意味はそこに始まる。
自らを動かし制す力持て
他人との絆もそこに生まれる。
真・忠・誠・信・愛・情と実力は
金では買えぬ価値・宝なり
と確信を持って生活している。
*****
一つ情けない情景を書き遺しておこう。
獄中の時、息子と手紙でこんな話をした。
「コンビニの前で若い人たちがウンコ座りをしてタバコを吸いながら夜遅くまで騒いでいるよ。だからおっかなくて、買い物にも行けない」
それに対し私は、「放っておけ。目を合わすな」などとは言わなかった。
「父さんがここを出たら、そういう若者たちの輪に入り、いろんな話をしたいな。怒り・悩み、いろんな話を聴いてやり、何かを気付く、感づく、思いつくきっかけを作ってやりたいな」
そう言うと息子は、「そんなことやめなよ。ボコボコにされるか殺されちゃうよ」と言った。
奇しくもシャバに出てからこんなことがあった。掃除をしているKA公園でのこと。夜、どんな人たちが雑物を捨てたり散らかして行くのか、それとなく散歩がてら見て回った。
すると6〜7人の若い男女がベンチの上に土足で乗ったり、大声ではしゃいでいた。彼らから見たら胡散臭いおやじから突然、
「はいこんばんは。何の集会? 楽しそうだね」と声を掛けられたので、
「なんだこいつは……」という態度で構えてきた。
「もう遅い時間だから、大きな声ではしゃいでいると、近所の人は迷惑じゃないか? 怖がって公園に出入りできなくなるよ」
そう言うと、2〜3人が斜に構え、ベンチ上の男は土足でベンチをドン! と踏み叩いた。あきらかに、脅しと喧嘩をしかける態勢だった。
私は覚悟して、リアリティある語調に変えた。
「俺は間違っちゃいないことを言っているだけだろう。なのに、なんだその態度は。俺に喧嘩を売るのか? やるならやってやるぞ。1つ2つ殴り合うんじゃすまないぞ。殺すか殺されるかが本当の喧嘩だ。俺は人を殺して永いことムショに入っていた。また人を殺してムショに入れようということか!?」
と言って、ベンチの上に乗っていた男に、
「そこから下りろ! そこはいろんな人が腰掛け、憩う場所だ!」
それを通行人たちも見ていた。彼らの態度が斜から直に変わった。私は語気を緩めてこう言った。
「こんな時間までどこで何をしているかって、親は心配しているよ。早く帰って、安心させてやりなよ。俺の言ったことが間違っていると思ったり、気にくわなかったら、いつでもいいから来な。俺は毎日ここへ来るからさ」
30分たって見に行くと、公園に彼ら彼女らの姿は無かった。5日間、毎夜見に行った。
後日、この件を知人の市議会議員に報告しておいた。すると市の広報紙には、その議員と警察の連携で、たむろする若者たちを排除したと報告が載っていた。
私は、感性豊かな若者たちに、ゆるやかな道の説得ができなかったことを後味の悪い思いで反省しています。
道とは、その字が示すように、「てだて、教え、方法、手段」には首(=生活、命)がかかっているということだ。それだけに、言動は慎重に、情と愛をもってすることが大切だ。そのことを反省した。
*****
過日、こんなこともあった。公園に向かう途中で携帯電話を拾った。交番に届けたら、いろいろ調べられ書類を作られ、時間もかかり、本当に不快な思いをした。ねぎらう言葉はいっさい無し、むしろ迷惑そうな態度に思えた。これまで3度財布を拾って届けたときもそうだった。
交番へ届ける前に、携帯電話に刻まれていた企業名の出先店へ持って行った。そこで調べてもらえば、その電話の記録や買った当人の所在も簡単に判明するだろう、そうすれば落とした人にすぐ戻せるだろうと単純に考えたからであった。
しかし、店員は迷惑そうな顔をして、
「うちでは落とし主を探して返すようなことはしていません。交番へ届けて下さい」と言う。
「落とし主は困っているんだよ? 売れば売りっぱなしなのですか? 調べて早急に戻してやるのも、アフターサービスじゃないのですか?」
と聞いたが、何も答えてもらえなかった。
その後も携帯やスマホを公園や道でよく拾う。だが交番には届けない。いやな思いをするだけだ。
それにしても、電車やバスに乗ると、なんと「スマホ病」患者の多いことか。
駅前で50〜60人ぐらいの人が互いに近い距離にいるのに、向かい合ってスマホを操作している。
公園で仕事をしていると、歩いたり自転車や自動車であちこちから人が来る。見ると輪になってみんなでスマホを操作している。30分ぐらいそうやって、互いに挨拶もせず、それぞれに散っていった。この社会、どこかおかしくないか?
自戒を込め、スマホ病やITにのめり込んでいる人たちに言いたい。何かに夢中なのは、大切な何かをし忘れていることでもある。
現在の生活がいかに順調でも、その次元にあぐらをかくなよ。楽しいこと、便利なことに溺れちゃだめだ。俺が浦島太郎だからやっかみで言ってるんじゃない。世の中には、飢えて死ぬ人、生活に苦しんでいる人たちがいる。
スマホ病を治し、自分の持てる力をそうした人たちのために生かすことはできないだろうか?
自分はいま、どんな生き方をしているか。何のためにスマホに首ったけなのか。
IT機器の普及や氾濫で、人間らしさや自然らしさを毒してしまうのは、本当の意味で社会が未成熟だからではないか。それは同時に、自分の未成熟でもあるのだ。
社会や家庭の欠陥が目に付いたら、まず自分の欠点を改善するところから、生きなおしてみよう。
これも「おじさんはバカ?」と言われた拙者の遺言です。
【ライタープロフィール】
矢島一夫(やじま・かずお)
1941年、東京世田谷生まれ。極貧家庭で育ち、小学生のころから新聞・納豆の販売などで働いた。弁当も持参できず、遠足などにはほとんど参加できなかった。中学卒業後に就職するが、弁当代、交通費にも事欠き、長続きしなかった。少年事件を起こして少年院に入院したのをはじめ、成人後も刑事事件や警官の偏見による誤認逮捕などでたびたび投獄された。1973年におこした殺人事件によって、強盗殺人の判決を受け、無期懲役が確定。少年院を含め投獄された年数を合わせると、約50年を拘禁されたなかで過ごした。現在、仮出所中。獄中で出会った政治囚らの影響を受け、独学で読み書きを獲得した。現在も、常に辞書を傍らに置いて文章を書きつづけている。