2021年1月15日
第12回 なぜアンは薔薇のティーセットに憧れるのか?
南野モリコ
「色」が豊かさの象徴だったアンの時代
『赤毛のアン』がきっかけで欧米の喫茶文化のとりこになった筆者が、「お茶会」をキーワー ドに『赤毛のアン』についてひたすら深読みするコラム、第12回となりました。紅茶を飲みな がら気楽にお読み頂けると嬉しいです。緊急事態宣言下に、このコラムが少しでも安らぎになりますように。
本間美千代、トシ子著『赤毛のアンのお料理ノート』(文化出版局、1979年)
さて、2021年早々ステイホームが再び叫ばれる中、NHKドラマ『花子とアン』の再放送が始ま ります。『赤毛のアン』を初めて日本語に翻訳した村岡花子さんの生涯を描いたドラマです が、昨年はアニメ版『赤毛のアン』の再放送にNetflixドラマ『アンという名の少女』の地上波 放送がありました。日本に『アン』の読者がこれほど多いのは、テレビ・アニメの影響があり ます。アンからスピンアウトした料理やライフ・スタイルの書籍が出版されるようになったの もアニメが放送された1979年以降。テレビの影響は偉大です。『花子とアン』再放送で、また たくさんの方がアンの腹心の友となることでしょう。
本題に入ります。『赤毛のアン』第16章で、マリラはアンに「ダイアナを呼んでお茶会を開い てもいいよ」と言います。女の子らしいものが好きなアンは、「薔薇のつぼみの小枝模様のティーセットを使ってもいい?」とおねだりします。次のマリラの言葉から分かるように、カ スバート家が普段使っているのは茶色いティーカップです。お茶会というのですから、おもてなしです。普段使いの実用的なカップではなく、お客様用のエレガントなお茶道具を使ってみたいと思うのも当然かもしれません。でもなぜアンは、「薔薇の小枝模様のティーセット」に憧れるのでしょうか?
『赤毛のアン』の舞台となったのは1880年代後半。出版されたのは1908年。カナダ、北米にお けるヴィクトリア時代は、産業が発展し、服飾、建築などが視覚的に変化した時代でした。服 装も飾りのない簡素なものから、袖がふくらんだり、レースやフリルで装飾したりと華美なものが生まれました。生活を華やかにしたものの一つが「色」だったのです。
その影響はティーセットにも見られます。黒や青の単色で描かれた絵付けから、赤やブルー、グリーンなど、何色も使ったティーカップが作られるようになったのもこの時代です。物が豊富にある現代の私たちにとってはモノトーンもおしゃれですが、アンの時代には「色」こそが豊かさの象徴だったのです。薔薇つぼみの小枝模様といえば、当時としてはとても贅沢なティーセットだったに違いありません。アンが流行のエレガントなティーセットを使いたがったのは、少女らしい物質主義だったと深読みしてみました。
この時、アンは11歳。友達にイケてるところを見せたい年頃ですね。思えば筆者がアンの真似をして、友達とお茶会を開いたのもこの年頃でした。まあ、筆者の場合は、ティーカップは揃ってないわ、自分で焼いたケーキは堅くてゴムみたいだわ、とてもおもてなしとは言えませんでしたけども。
『赤毛のアン』と「色」
色が豊かさの象徴だったヴィクトリア時代。『赤毛のアン』も「色」を効果的に使った作品だと筆者は深読みしています。
原題のAnne of Green Gablesを直訳すると「グリーン・ゲイブルズのアン」(緑の切妻屋根のアン)。『赤毛のアン』という日本語タイトルに意図があったのかは分かりませんが、「赤」という言葉は、少女を連想させますし、親しみやすい色です。これから読む人たちも、アンという生命力あふれる少女が活躍する明るい物語をイメージできます。
Cha Tea 紅茶教室著『図説英国 美しい陶磁器の世界 イギリス王室の御用達』(河出書房新社、2020年)
アンが日々発見する美しいものも色で表現されています。桜の花を「花嫁の白いドレスのよう」と言ったり、林檎並木を「喜びの白い道」と名付けたり。「マリラの紫水晶」、「ダイアナの黒髪」もそうですよね。
第25章で、マシューはアンが他の少女たちと何かが違うと気付きます。ダイアナらアンの同級 生は、赤や青、ピンク、白といった可愛らしい色の服を着ているのに、マリラがアンに作るのは、いつも黒っぽい服です。「黒っぽい」服とは、黒い服ではありません。アンの服には「色がない」というわけなのです。
アンがアヴォンリー村にやって来た日に着ていた服も、「黄ばんだ交ぜ織り地」でした。色が崇められた時代に、自分の服には色がない。アンが想像の世界に想いを馳せた理由が分かります。「色」への感性が強いから、赤毛を気にしていたのかもしれません。色のないアンに唯一あるのが赤い髪なんて皮肉ですよね。
マシューがアンにプレゼントしたパフスリーブは、絹のリボンがついた茶色のドレスでした。
クィーン学院に入学する時に、マリラがアンに作ったのは淡いグリーンの薄物のドレスです。
無色だったアンの人生に色があふれていきます。色の数だけ幸せがある。ヴィクトリア時代から変わらない真実かもしれません。なんて、ちょっとカッコつけてみました。
参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)
[ライタープロフィール]
南野モリコ
『赤毛のアン』研究家。大学時代、イギリスに遊学したことがきっかけで喫茶文化の魅力に開 眼。お茶会を切り口に英米文学を研究する。現在、『赤毛のアン 登場人物事典』を制作中。 Twitter:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」
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