第13回 はず
コバン・ミヤガワ
昆布になりたい少年がいた。
どうしても昆布がいいらしかった。
1年間だけ保育園に通ったことがある。その後、保育園すらもない超ド田舎に引っ越すことになるのだが。
保育園の頃の記憶なんて、ほとんど曖昧である。
覚えていることと言えば、給食のプリンとキウイが嫌で嫌でたまらなかったこと。2つ上くらいのお兄ちゃんがブロックで作る宇宙船がカッコ良かったこと。ばあちゃんと手を繋いで保育園から帰る途中、スイミングスクールの前を通ると、小学生のアイドルになれたこと。
保育園の建物とか、先生の顔とか、ほとんど覚えていない。
そんなもんだ。
そんな中、1つ強烈に印象に残っていることがある。
それは「将来の夢を言う」みたいなイベントがあった時のこと。
皆「パン屋さん!」「お花屋さん!」「パイロット!」と口々に言っていた。
ボクが何を言ったかは全く覚えていない。大した夢でもなかったのだろう。
ボクの隣の子の番になった。
名前は覚えていないが、クルクルの天然パーマの少年だったことは覚えている。
彼は大きな声でこう叫んだ。
「昆布になりたいっ!!」
彼は昆布になりたいんだって。
まだ何年も生きていないボクでも理解できた。「そりゃ無理だ」と。
あの当時は「何を馬鹿なこと」と笑っていた。
海でゆらゆらしていたのだろうか。
しかし、彼は堂々と言ってのけた。
その勢いは「なれるはず」と信じて疑わないようだった。
もちろん、どんな夢でも素晴らしい。だが皆が職業を思い思いに口にする中、職業でも、ましてや人間でもない「昆布」を夢にした彼。
今となってはあまりにも自由で、キラキラしていたなぁと。
ボクはちょっと嫉妬している。
その後ボクはすぐに引っ越してしまい、彼と会うことはなかった。
本当に昆布になれたかどうかは、謎のままである。
さて今回は、誰もが抱いたことのある夢にまつわる1曲を。
皆一度は夢見たことでしょう。
空が飛びたいっ!
「空」「飛ぶ」この2つのワードで連想される曲はなんでしょうか。
「空も飛べるはず」
はい。ということで今回はスピッツです!
言わずと知れた日本を代表するバンドですね。
1991年にデビューして以降、名曲を現在進行形で生み出し続けている4人組です。
「空も飛べるはず」「チェリー」「ロビンソン」などなど、馴染みのある曲ばかり。
ボーカル草野マサムネの優しい歌声、覚えやすいキャッチーなメロディー。
ギターもコードが簡単で、ギターキッズなら一度は通ったバンドだろう。
そんな名曲たちの中で一番好きな曲「空も飛べるはず」の歌詞の解釈について、ボク個人の見解を書いていこうと思う。
メロディーはすごく優しい。イントロもとても有名である。
さあ、歌詞だ。
小さい頃は何となく聴いていたが、よくよく歌詞を考えると、意外と暗く、寂しく、緊張感があるのだ。
でもそれこそがスピッツの本質なのだ!
幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて
隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた
色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて
君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっとそばで笑っていてほしい
切り札にしてた見えすいた嘘は 満月の夜にやぶいた
はかなく揺れる 髪のにおいで 深い眠りから覚めて
君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと
今は自由に空も飛べるはず
ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも
ずっとそばで笑っていてほしい
君と出会った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっとそばで笑っていてほしい
うーむ。あまりに有名な歌詞。
素晴らしいです。
特に1番の歌詞の解釈を書いていこうと思う。
「幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて」
「幼い微熱」とは昔の夢や、理想のことだと思う。昔の夢を捨てられないまま大人になったのだ。
どうにもならないことや理想とは異なる現実。それを「神様の影」と表現しているのではないだろうか。
「隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた」
「隠したナイフ」。この部分は草野マサムネ自身の経験が反映されていると思う。
スピッツは今でこそ優しく、キャッチーな音楽を身上にするバンドだが、草野の根っこにはパンクの精神がある。
ザ・ブルーハーツに大いに影響を受けており、「スピッツ」というバンド名にも「短くてかわいいのに、パンクっぽい名前」という想いがあるようだ。実際はパンクバンドにはならなかったわけだが。他の曲を聴いてみると、意外と尖ったことを歌っていたりする。
この根幹にあるパンク・スピリッツ。これを「隠したナイフ」で表現していると考えている。
「色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて」
生きていれば、傷ついていく。
もし人間が川の中にある宝石ならば、流れていくうちに、ぶつかり、擦れ、色は鈍くなっていく。何かにぶち当たり、ヒビが入る。
それでも輝ける日を夢見て生きていく。そんな想いが見て取れる。
ここまでがAメロとBメロである。どうでしょう。
暗い! ネガティブ!
実は意外と暗い。この不安さ、緊張感を優しい歌声とメロディーで歌っている。昔は気がつかなかったが、改めて聴くと、この優しさが不安をかき立てるようにも思う。
さてサビ。
「君と出会った奇跡が この胸にあふれてる」
これはそのまま。
うまくいかない人生で「君」に出会えたのは奇跡なのだと。
喜びでいっぱいなのだ。
「きっと今は自由に空も飛べるはず」
この部分の肝は「飛べるはず」の「はず」だと思う。
本当に直球に歌うならば「君に出会えた喜びでどこまでも飛んでいけるぜ!」みたくなるのではないか。
それを淡く「自由に空も飛べるはず」と表現している。実際に飛ぶわけではない。あくまで「気がする」という伝え方。
しかしどこまでも飛んでいけそうなくらい嬉しいのだ。
このセンス! たまりませんな。
日本語の美しさに満ちている。
「夢を濡らした涙が 海原へ流れたら ずっとそばで笑っていてほしい」
色褪せて、ひび割れて、人生という川の中でもがいている自分。
その流した涙が、川の流れと一緒に海に出る。
つまりは、時間が経つということだと思う。
時間が経っても、ずっと一緒にいて欲しいということなのだ。
サビは一転して、まろやかなラブソング。
AメロBメロで下げておいて、一気に上げる! 最高でございます。
何となく聴くと、素敵なメロディーのラブソング。
しかしそこには暗さと、不安と、緊張感が内在している。
それがスピッツ。それがスピッツのロックなのだ。
まあ、あくまでも個人的解釈なのであしからず。
改めてもう一度聴いてみるのはいかがでしょう。
ではこのへんで。
[ライタープロフィール]
コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/