シャバに出てから──『智の涙』その後 追悼編1

ウェブ連載「シャバに出てから──『智の涙』その後」を15回書いてくださった矢島一夫さんですが、本年2月18日(土)、ご自宅で亡くなられました(詳細は、『救援』2023年4月10日号、救援連絡センター発行、をご覧ください)。

お知らせが遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

 

矢島さんは、彩流社からは『智の涙――獄窓から生まれた思想』を出版され、その後も、世の中のためになるようなことを発信し続けたいとの強い希望により、「シャバではどんな人と出会い、どんな会話を交わし、何を考えて生きているのか」をテーマに、この連載を書いてくださいました。

矢島さんの生き様と言葉は、私たちに突き刺さるように届いていました。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

矢島さんと関係のあった数人の方に、この場に文章を寄せていただきました。

最初は、連載にも登場したモナリザさんの文章です。 (編集部)

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矢島一夫の世直しパトロール

矢島さんと出逢ったのは、2020年9月に私がキジトラの愛猫を亡くし悲しみに打ちひしがれている時期でした。かつてその愛猫と出会った公園に足を運んでいたら、また別の猫との出会いがあり、「麦」と名付けてのちに飼うことにしたのですが、その麦に会いにいくために公園に足しげく通うようになりました。そして忘れもしないその年の11月13日に、矢島さんと出会いました。

麦がキッカケとなり、公園で矢島さんといろいろな話をしているうちに、交流を深めました。世の中で起きている事件や出来事や情勢についてなど、いろいろな話しました。

私から見た矢島さんは、厳しい境遇で苦労が多い人生であるにもかかわわらず、努力家で、困難をチャンスに変える生き方をしている人でした。私はそんな矢島さんにひかれ、2年間という短い日々でしたが、矢島さんと多くの時間をともに過ごすことができました。たとえ肉体はなくとも魂はきっとまだあるはずだと私は思っており、大切な宝物として、忘れずにいようと思っています。

矢島さんは戦後の子ども時代の苦労したエピソードや、刑務所で過ごした地獄のような毎日で経験したたくさんのことを話してくれました。自分が犯した罪、心の深い傷を背負ってたくさん慟哭してきた経験、それでも前向きにひたむきに自省して過ごした矢島さんのために、私はいったい何が出来たのかな、と思います。今年(2023年)2月15日に矢島さんと連絡がとぎれ、18日に死亡が確認できた時、そんな気持ちが強くこみ上げてきました。

矢島さんは、夫婦一緒に、悲しみや苦しみや理不尽なしがらみのない、自由な空へ旅立って行きました。

矢島さんが生前よく彼が口にしていたことについて、少し書いてみようと思います。矢島さんは「くうねるあそび」(平和ボケ)という言葉をたまに使っていました。そして矢島さんが話題にしていたことは、「善良な」市民による陰湿なママ友のことや、収入減少により生活が困難になり、もしくは一時の感情に流されて(ノリで)生活から淋しさから逃れるために結婚したが育児がおろそかになり育児虐待をする親のこと、いわゆる「東横KIDS」みたいな、これまでは考えられなかった世代の家出・売春の実態、年々エスカレートしていくイジメ問題、物価が高く貧富の差の中で生まれるワーキングプアだとか学歴による差別、安倍晋三首相を殺害した山上徹也さんや2022年に起きた秋葉原無差別殺人のこと、キレる17歳世代などなど、多岐にわたる事件や現象と時代性の関連に目を配らせていました。

例を上げたらキリはないけれど、矢島さんは連載を通して、このようなテーマを多くの人に伝えたかったんだろうなと、矢島さんとの会話をしていたころの思い出をたどり、そんなふうにも感じます。

これは矢島さんと共感しながら話していたことですが、多くの人が、この余裕のない社会で自分のことだけで精いっぱいとなり、他の人のために何かをするという考えに行き着くのが難しいのではないか、だから社会のおかしいことにギモンを感じず、足を止めて考えたりせず、見て見ぬフリをする人ばかりになるのではないか――と。

矢島さんはよく私にこんなふうにも言っていました。「じゃあどうしたら一人一人が誰かのためを想って、日々行動を起こさなくともせめて相手のことを考えて接することができるんだろう。それはどんなに学歴が高くてどんなにルックスがよくても、どんな金持ちでもだめで、人として大事なものが欠けてると、オレは判断している」

矢島さんのこの一言は、私の心にひびきました。

 

ニュースなどを見ていると、○○と言われ指示されたからナイフで刺したとか、○○の対応に腹を立てて殺したとかネットで情報を拡散しさらしものにしたとか、カネほしさに弱い立場の人や老人をだまして金を手に入れたとか、赤ちゃんがじゃまになったから虐待や暴力やネグレクトをしたりということを聞きます。高齢者施設での暴力や虐待も深刻です。別れ話を切り出されたから殺したという福岡で起きた事件とか、夜の仕事の女性が客に殺されたり、近所に関りのある人がなく一人さびしく孤独死してしまったり……。こうした暗いニュースばかりを矢島さんと見ていたときに、彼は私にこう言いました。

「みんな、てめえ勝手で自己中心的で、地球(世の中)を自分で回してると思って、自分の考えだけで自分の世界観で自分中心の軸で勝手に回ってると思ってんだから、どーにもならないよ‼」

矢島さんはニュース見るたび、悲しそうにそうしたことを言っていました。そしてこうも言いました。

「だからオレは死ぬまで人として忘れちゃいけないモノをメッセージとして伝えたいから書き続けるんだ」と。

矢島さんは視力が低下してからも、世の中の変化を知るために、日々公園のそうじの仕事とニュースは必ず一日一回はチェックしていました。

そしていつわりだらけで自分勝手な汚れつつある世の中を、空の上から、矢島一夫という男は、きっと世直しパトロールをして今日も人々を見守ってるんだろうと私は思います。

 

Ps.矢島さん、今までありがとうございました。だけどさよならは言いません。

3月25日

モナリザより

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