シャバに出てから──『智の涙』その後 第9回

第9回 加害の中の被害性、被害の中の加害性

矢島 一夫

 

朝(あさ)未(まだ)明(き)、公園の四阿(あずまや)で4人の若い人達が飲食し談笑していた。おはよう!と声をかけると、みんなが「おはようございます」と応えてくれた。仕事帰りですか、あそび帰りですかと聞くと、あそび帰り〜の笑顔が返ってきた。

 

いいな、うらやましいな、おじさんも81歳になると、こうして若い人達と言葉を交わすだけで元気をもらえるんですよ。

え〜っ! 81歳ですか、見えな〜い。60歳ぐらいかと思った。かっこいいよ〜。

いい歳こいて、こんな見るからにダサイ仕事をしているけど、本を出版した事もあるんですよ。

エッ? すごい。小説家なんですか?

いいや違う。実録物です。アマゾンか彩流社という出版社で検索してみて。(スマホ操作後)

わあ〜すごい、『智の涙』ってどんな内容なんですか。読みたい。絶対に買う!

一連の不遇な人生をカミングアウトした後に、要は自分が体験した事から学び直し、社会で後を断たない「自殺・いじめ・犯罪」の一歩手前で「待った!」をかけてあげること、この本を読めば、自分で「待った!」がかけられる力が得られると思うよ。そんな内容。ところで、選挙には行きましたか?

A 行かない。だってどんな党に入れても政治や社会は一向によくならないもん。

B さっき、あそび帰りと言ったけど、実はダブルワークの帰りなんですよ。昼夜働いても生活がやっとで、こうやって仲間と飲みおしゃべりするのが一つの楽しみなんです。

C 金や土地を持っている人達は雪ダルマ式に財産を増やし、働き蟻のように苦労しても足で潰されることもあるでしょ。格差社会どうにかしてよ。おじさあ〜ん! おじさん!

D 野党は反対意見ばかり言ってるけど政策を実現するだけの金力と人力がないんじゃないの?だから自民党がのさばり蟻地獄の社会なんだと思う。

みんなの言う事はその通りだと思う。古いぬかずけのような政治と、ゲートボールやカラオケに現(うつつ)を抜かし平和ボケしているシルバーエイジに喝を入れなきゃ駄目だね。それができるのは、まさにあなたたち若い人の鋭い感性と素早い行動力のマンパワーだろうね。

B おじさん若い頃から苦労しただけあって話にパンチがありますね。もっと聞かせて! おもしろい。(いいムードと調子にのって)

政治の腐敗とか、政治家の態度や資質が悪いと、国民の不平が燻(くすぶ)っているよね。現在の政治は誰たちの為のものなんだろう?

政治家は金持ちとか地主・企業に利益となる言動をしているのか。それとも貧しい人達の利益を考えて活動しているのか。

その点をはっきりさせておかなければ単なる不平不満を背負い続けるだけになってしまうよね。

ここからの答えは、あなた達若い人たちがストレートに出せるでしょ。わたしの主張はこうです。土地・別荘・高級車など持つな!料亭で遊びゴルフや色香に興じる暇があるなら、がんばって働いている人達のために指一本でも動かす努力を惜しむな!ってとこかな。

※みんな拍手でバチバチバチ!

ところで、この前元総理の安倍晋三が銃撃されたよね。これについてどう思いますか。

彼らは口々に思いを吐露してくれた。

1.事件当日、演説の時にSPを強化しなかったのに葬式には2000人集まったなんて間抜けだね。善人づらした悪党の国葬は駄目!

2.日ごろ安倍さんや政治について無関心なのに、いざ殺されてから騒ぐミーハー根性がうざったく感じた。

3.選挙に行かなそうな人や子連れで葬式に来る人の姿がおかしいと思うんだ。

4.年齢、職業、生い立ち、年収、ルックス、これらを偽ったり強調しなきゃならなくした社会や世間に問題があると思う。

そうだよな。山上さんが安倍を殺害に至るまでの道のりに、何か異変があったからに違いない。たとえば経済・信頼関係・迷い・うらぎり・絶望・やむにやまれぬ感情・正義感、これらの要素が重なり合って殺害するに至ったのじゃないかな?

まじめにやっていれば、そこそこに金が入ったり保障もある。良くも悪くも自分を守るだけの生活だもんな。

薬物にしろお酒・タバコ・スイーツ・ゲームにアイドル・キャバクラ・ホストクラブ、そんなのにのめり込んでしまう人は世間に沢山いますよね。何を言いたいかというと、ありきたりの生活や疲れた心に、心満たそうとし安らぎとかはけぐちを求めてしまうんだと思うんです。山上さんのお母さんも、宗教に依存した被害者じゃないかな。

そうすると、ただ生きるのが辛い社会で、思い切って宗教団体のトップや安倍晋三をターゲットにした山上さんは被害者二世の様な気がします。まちがっていますか?

殺人は言い訳できない悪だ、と言うのは簡単なこと。だが加害者山上さんの内には被害性があり、被害者安倍晋三の内には加害性があるのを見落としてはいけないと思う。よくやったなという人もいるだろうね。

特に安倍は総理時代にはさまざまな物議をかもしている。森友・加計学園の問題でも、桜を見る会の件でも、嘘ごまかし隠蔽に汲汲とした。「もし事実であれば議員も総理大臣もやめる」と啖呵を切った。口先おとこ!

だが実際は銃殺されるまで鉄面皮をかぶり続けた。それを支えて来たのは与党の政治屋たちであった。それを支えた市民はいるか?

資本主義の競争原理を「三本の矢」とかで守り、中小企業の人達を困らせ、貧富の差を拡大し、次々にいろんな形で罪つくりな事をやって来た。自信をもっての不道徳は旧統一教会との癒着にも、現われているでしょ。

資本主義による人生のハンディ戦ばかりやらせ罪つくりな政治。くう・ねる・あそぶの風潮を作り、働らく人・働らけない人・社会や政治に不平不満を持つ人達の眼と心を、刹那的で一過性の快と楽に向けさせて来た。

山上さんは、母の心と金を奪い家を破綻させた宗教と安倍晋三と、やむにやまれぬ思いから戦ったのだろう。よくやった!

それは善人面(づら)した不潔な者とふやけた社会への即自的な告発なのだと思う。こんな社会だから、今後も誰かが繰り返し異種同様の事件を起こしても不思議ではない。そう思えませんか?色々話を聴いてくれてありがとう。

みんなの意見も聞かせてもらい、鋭い感性と若さから元気をもらいましたよ。よかったら今度はわたしのうちで食事会や飲み会でもやりこの続きを話し合ったら愉しいかもね。すると、「いいんですか?行く行く。楽しいし学ばせてもらったものが沢山あったもん。行く時には電話します」という事でした。

 

 

[ライタープロフィール]

矢島一夫(やじま・かずお)

1941年、東京世田谷生まれ。極貧家庭で育ち、小学生のころから新聞・納豆の販売などで働いた。弁当も持参できず、遠足などにはほとんど参加できなかった。中学卒業後に就職するが、弁当代、交通費にも事欠き、長続きしなかった。少年事件を起こして少年院に入院したのをはじめ、成人後も刑事事件や警官の偏見による誤認逮捕などでたびたび投獄された。1973年におこした殺人事件によって、強盗殺人の判決を受け、無期懲役が確定。少年院を含め投獄された年数を合わせると、約50年を拘禁されたなかで過ごした。現在、仮出所中。獄中で出会った政治囚らの影響を受け、独学で読み書きを獲得した。現在も、常に辞書を傍らに置いて文章を書きつづけている。

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