第4回 グアナフアト生活poco a poco(ポコ ア ポコ/少しずつ)
文・写真 伊藤ひろみ
「外国語学習に年齢制限はない!」「ないのではないか?」いや、「ないと信じたい!」
そんな複雑な思いを抱えながら、まずは都内でスペイン語学習をスタートさせた。そして2023年2月、約1カ月間の語学留学を決行した。目指すはメキシコ・グアナフアト。コロナ禍を経て、満を持しての渡航となった。
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<第4回> グアナフアト生活poco a poco(ポコ ア ポコ/少しずつ)
午前中に受けた3時間弱のスペイン語授業にすっかり疲弊し、気分転換もかねて、午後は学外へ出かけることにした。グアナフアトは小さな町なので、主要な観光名所や博物館、劇場など、ほぼ徒歩圏内にある。グアナフアト大学語学センターから5分も歩けば、メインストリートであるフアレス通りに出ることができる。
まずは両替のために銀行へ行く。カード決済ほかキャッシュレス対応の店なども増えているようだが、ちょっとした買い物などに現金が必要だったからだ。
行員が対応している窓口はひとつだけだったが、たまたまラッキーなタイミングだったのか、すぐに順番がまわってきた。米ドルでの両替がもっともスムーズだと聞いていたので、持参した米ドルをメキシコペソへ交換してくれるよう恐る恐るスペイン語で尋ねてみる。「¿Puedo cambiar dolares?.(プエド カンビアール ドラレス?/ドルを交換できますか)」と。サバイバルスペイン語だったが、米ドル札を握りしめていたこともあって通じたようだ。この場所と状況から、窓口の行員もこちらの意図を理解しやすかったのだろう。
その日のレートは18.95メキシコペソ≒1米ドル。ちなみに、日本円約6.92円が1メキシコペソだった(いずれも当該金融機関の2023年2月6日のレート、以下メキシコペソをペソと表記する)。
さらにフアレス通りを西へ歩き、SIMカードを買いに携帯電話等を扱うショップTelcelへ向かう。大学内やホームステイ先はWi-Fiが利用できるが、それ以外の場所での連絡などに便利だし、何かと安心という判断だった。ここではpuedoのあとをcomprar (コンプラール/買う)に変えて意思を伝える。さらなるスペイン語が続かなくておたおたしていたら、英語で説明してくれたので一安心。いくつかの料金プランの中から、利用期限30日、 使用データ3GBを選んだ。両替したばかりの現金で代金の200ペソを支払い、その場でSIMカードを入れ替えた。
かつての駅舎は巨大市場に変身
Telcelをあとにするころ、フアレス通りは人と車であふれていた。すぐそばにあるのがイダルゴ市場(Mercado Hidalgo/メルカード・イダルゴ)。フアレス通りに面した石造りのりっぱなアーチ門がその目印である。
中は広く、まるで体育館のよう。1階は、肉、野菜、果物、乾物などの食料品店、軽食やドリンク屋台、土産物店など。2階には雑貨や民芸品などを扱う店が並んでいる。店の数も多く、興味津々であちこち見て回る。白や紫色など、普段目にすることのない色のトウモロコシを見て感心したり、唐辛子の種類の多さに驚いたり。2階へ上がる踊り場で見つけたのがマリア像。教会のみならず、こんな場所にさえその存在感を示しているとは……。
ここはもともと1910年に造られた駅舎だったという。入口の門構えやドーム屋根はその名残なのだろうか。今では、グアナフアト市民の台所でもあり、観光名所のひとつでもある。
観光名所のひとつは、グアナフアト版ロミオとジュリエット
グアナフアト市内の中心に、口づけの小径(Callejón del Beso/カジェホーン・デル・ ベソ)というロマンチックな名前がついた場所がある。フアレス通りからロス・アンヘレス広場(Plaza de los Ángeles)を南に下った狭い通りの入り口付近で、観光客が列をなしているのが見えた。
グアナフアトの町の特徴は坂が多いこと。その坂を上ったり下りたりする狭い通りが縦横無尽に走っている。口づけの小径もそんな通りのひとつである。だが、この通りを有名にしたのは、特別な物語があったからだった。
この通りで隣り合わせの家に生まれた男と女。その二人が恋に落ちてしまう。だが不幸なことに、両家は犬猿の仲。二人は家族の目を盗み、それぞれの家の2階の窓辺から身を乗り出して、口づけしたという。そんなアクロバット的行為も、狭い通りだからこそ可能だったのである。
この一帯は今や観光名所に。その小径に立ってキスをし、その姿をカメラに収めようと観光客が詰めかけているのだ。さらに、それぞれの家に入り、2階の窓辺越しにキスしようとする人たちもいるようで、業者なのかカメラマンなのかが、観光客を誘導し、取り仕切っていた。それにしても、2軒の民家は、ひっきりなしに人がやってくるのだから、なんとも落ち着かないことだろう。カメラマンともども、それなりの撮影料を取ることで、ビジネスとして割り切ってやっているのかもしれないけれど。
市内随一のビューポイントに立つ像とは?
グアナフアトでもっとも人気の観光名所、ピピラ記念像(Monumento al Pípila)がある丘へ向かう。歩いて上ることもできるが、丘の上までをつなぐケーブルカー(funicular/フニクラール)が走っているので、迷わず後者を選ぶ。
乗り場はフアレス劇場の裏手にある。まずは窓口で切符を購入するのだが、行きの上りだけに乗車する片道切符にした。まもなくすると、赤い箱型の小さな車両が降りてきた。女性スタッフが観光客4人を乗せ、すぐに発車させた。
「わー、素敵な眺め」窓越しに広がる景色に見とれているうちに、あっという間に終点に到着。
丘の上からは、さらに魅力的な景色が広がっていた。市内のちょうど真ん中あたりに教会のバシリカ教会、その奥にグアナフアト大学、その右にはラ・コンパニア聖堂のドーム屋根。さらに、赤、黄、緑、青などカラフルに彩られた建物群が日の光を浴びて輝いている。遠くに見えるのは小高い山々。カラフルな町を取り囲むように、稜線が青い空を分かつ。
「なんて美しい町!」
ビューポイントとしての存在意義だけでなく、ここにはもうひとつ大事なことがある。背後に立つピピラ像である。
ピピラとは、19世紀初頭、独立戦争時に活躍したとされる人物。ミゲル・イダルゴら独立運動を率いる解放軍は、スペイン植民地政府軍との激しい戦いを繰り広げていた。そんななか、たてこもる政府軍を切り崩すべく果敢に突撃したのが、ピピラだった。彼の勇気ある行動で、戦況が変わったとも言われている。その舞台となったのが、アロンディガ・デ・グラナディータス。現在の州立博物館である。
ピピラに関しては諸説あるようで、確かに存在した人物なのかどうかも、定かではないらしい。伝説が一人歩きし、英雄化したと言えなくもない。
太い手足、怒りに満ちた表情。松明を持つ右手を掲げ、まさに飛び込まんとする姿のピピラ像が、町を見下ろしている。
グアナフアトは人口20万人ほどのこじんまりした町である。この丘から望む姿は、実にカラフルでキュート。平和でのんびりとした空気の中に、この町なりの時間が静かに流れている。
今の私には背負いきれないほどの異文化を前に、戸惑い、立ち尽くすばかり。あれこれ思いめぐらせながら、ゆっくりと歩いてピピラの丘を降りた。
★スペイン語の主語と動詞の活用
まずはスペイン語の主語から。以下の表が基本となる(ただし、メキシコほかラテンアメリカ諸国では、原則として二人称複数形vosotros、vosotrasを使用しない)。
習い始めによく混乱したのは、「あなたは」「あなたがたは」だった。相手の呼称としては二人称だが、文法上の分類は三人称。英語なら、誰に対してもyou一語ですませられるが、スペイン語の場合、相手が親しい間柄かそうでないかによって、異なる主語を用いるため、上記のように分類される。そもそも、どんな相手にどちらを使うのか。スペイン本国とラテンアメリカ諸国では、その線引きが微妙に異なるという。実際にネイティブとのやりとりのなかで、体感しながら慣れるしかないようだ。
さらに、この主語に合わせて動詞が活用する。たとえば、両替やSIMカード購入時に使ったのは、poder「~できる」だったが、主語が「私は」の活用形はpuedo。そのあとは「交換する」(cambiar)や「買う」(comprar)の不定詞(動詞の原形)を続け、「○○することができますか」と尋ねたのである。主語、動詞の活用形を理解し、適切に使いこなし、相手に通じるように発音してはじめて、こちらの意思が正確に伝わる。日本語から見れば、なんと面倒なことかと、ついつい思ってしまう。スペイン語に限らず、フランス語やイタリア語などは、これが基本。動詞の変化があまりに多すぎて、正直しょっちゅうめげそうになる。
そこをこらえて学び続け、それをも超えて楽しみたいもの。その先にはきっとワクワクする世界があると信じて!
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。