第14回 現地を知るにはホームステイがおすすめ
文・写真 伊藤ひろみ
「外国語学習に年齢制限はない!」「ないのではないか?」いや、「ないと信じたい!」
そんな複雑な思いを抱えながら、まずは都内でスペイン語学習をスタートさせた。そして2023年2月、約1カ月間の語学留学を決行した。目指すはメキシコ・グアナフアト。コロナ禍を経て、満を持しての渡航となった。
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<第14回> 現地を知るにはホームステイがおすすめ
語学留学しようと思ったら、まずは学校選びから。希望する時期や期間、国、地域などを絞り込む。また、費用や授業内容などが希望にあったものかどうかを検討する。
次にポイントになるのは滞在先。場所や教育機関によって異なるが、寮などの宿泊施設を持っていたり、アパートなどを借りあげ、滞在先としていたりする場合もある。現地の家庭でホームステイという選択肢もある。
学校に関しては、インターネットでかなりの情報が入手できるので比較検討がしやすい。しかし滞在先に関して、とりわけホームステイは、まったくのブラックボックス。希望すれば地元の家庭を紹介してくれるが、タイミングによっては、通学にそれなりに時間がかかる滞在先になることもある。また、家族構成や部屋の状況なども多種多様。ペットや子どもがいる家族はOKか、アレルギーはないかなどは事前に問われるが、自分の希望や好みに合うところかどうかは判断がつきづらい。つまるところ、タイミングと運次第。どんな家庭なのかは現地に行ってみてのお楽しみ、ということになる。
今回私が滞在しているオルガさん宅は、徒歩10分足らずでグアナフアト大学語学センターへ行けるし、市内の中心地に行くのも便利。個室で専用のバスルームもあり、誰に遠慮することもなくシャワーもトイレも使える。オルガさんが作ってくれる朝夕の食事もボリュームたっぷりでどれもおいしい。しいて言えば、語学センターから家に戻るとき、私には急な登り坂がつらいこと、語学センターへの道は、夜は人通りが少なく暗いため、用心しながら歩く必要があることくらい。私の希望にあったありがたい滞在先だった。
食べる、飲む、語らうー家族や友人たちが集うパティオ
オルガさんは夫とふたり暮らし。私が母屋と呼んでいる1階2階が彼らの住まいである。滞在先として3階から上の4部屋を所有し、現在私以外に日本人学生が二人、カナダ人女性一人が滞在している。夫は仕事をリタイアしていて、私たちが支払う滞在費や食費で日々の生活費をまかなっているようである。
オルガさん宅で滞在するようになった最初の週末、娘のエレーナさんの家へ行くことになった。家族や友人たちが集まって食事会をするので、いっしょにどうかと声をかけてくれたのである。エレーナさんはオルガさんのひとり娘。同じグアナフアト市内ではあるが、夫や子どもと別所帯を持っていると説明してくれた。
エレーナさん宅はグアナフアト市内の南、閑静な住宅街にある一軒家に住んでいる。私たちが到着したとき、すでに7-8人が中庭のテーブルを囲んでいた。エレーナさんの家族のほか、オルガさんの兄夫婦、親しい友人たちを次々と紹介してくれる。そのころはまだスペイン語に慣れていなかったこともあり、自己紹介さえもぎこちない。彼らは体を寄せ合ったり、キスしたりして挨拶するも、握手を交わすので精一杯。言葉もさることながら、習慣の違いも大きい。彼らの名前をすぐに覚えられなくて、さらにおたおたする。
テーブルの上には、茹でたカリフラワー、ナッツ類が並ぶ。それらをつまみながら、テキーラ、メスカル、ワインやビールなどを楽しんでいる。これら前菜とともに、なぜか豚足が登場。みんな器用においしそうに、ちゅるちゅる味わっていた。
そしてメイン料理へ。キッチンに移動して、大皿を取り、各自好きなだけ盛り付ける。鶏のトマトソース煮、豆や温野菜、パスタなどがずらりと並んでいる。今日の客たちの胃袋を満たすために、エレーナさんは夫とともに、昨日から準備していたようである。
パティオでしばし歓談のとき。みなよく食べ、よく話す。私が日本から来ていると知って、日本のことについて尋ねてくる人もいる。エレーナさんは英語教師なので、スペイン語に詰まったら彼女の助けを借りることができた。よかった!
私は次の約束があったので、1時間半ほど彼らといっしょに過ごしたあと、エレーナさん宅をあとにした。キッチンには、さらにデザートのケーキやフルーツがその出番を待っていた。
家族や親しい友人たちと過ごす日曜の午後のひととき。青空のもと、陽の光や風を感じながら中庭に集い、胃袋も心も大満足に違いない。私にとって、こんなゆったりした時間を持ったのは久しぶりのことだった。
三世代がそろって過ごす日曜日の午後
その翌週の日曜日、今度はエレーナさん家族がオルガさん宅へやってきた。午後2時過ぎから昼食会が始まったようだ。部屋でまったり過ごしていたら、「ヒロミも食べにおいで」と声がかかった。
今度はオルガさんが腕をふるう番。今朝は教会にも行かず、朝から忙しく動き回わっていたのはこのためだった。今日のメニューは鶏のロースト、マッシュポテト。さらにタコス用の牛肉や野菜、デザートにチョコレートケーキも準備していた。
エレーナさんには6人の子どもがいる。その日は、3番目のリカルドくん、5番目のモニカちゃん、6番目のダニエルくんを連れてきた。3人はそれぞれ動画を見たり、ゲームをしたりとリビングを占領中。彼らもすっかりスマホ世代のようで、当たり前のようにそれらを使いこなしている。
9歳のモニカちゃんはBTSの大ファン。K-popにすっかりはまっているらしい。今日の衣装はBLACKPINKのロゴ入りTシャツ。動画を見ながら歌ったり、踊ったりしている。さらに驚いたのは、モニカちゃんの言葉。「私、韓国人と結婚するの!」
ネットの威力か芸能ビジネス世界戦略の成功の証か。メキシコから遠く離れた韓国が、彼女にとってこんなにも身近な国になっているとは!
毎週日曜日は、オルガさん宅かエレーナさん宅のどちらかに家族が集まって食事をすることになっているとか。部屋を整え、腕をふるって料理を準備する。オルガさんは皆が集まる前には、おしゃれな服に着替え、きちんと化粧することも忘れない。それが、日常の中のハレであり、生きがいでもあるのだろう。家族と食卓を囲んでいるとき、ともに語らうときは、穏やかな表情を浮かべている。
誰もがオルガさんやエレーナさんのような暮らしをしているわけではないだろうが、メキシコに暮らす一家庭の週末の過ごし方をリアルに感じることができたのも、ホームステイの魅力だろう。
末席から見たメキシコ家族の景色。オルガさんが私に教えてくれた大切なことのひとつだった。
食事の挨拶。ところ変われば……
日本では当たり前のように日々使っている、食事時の挨拶、「いただきます」「ごちそうさまでした」。しかし、スペイン語にはこれらにぴったりな表現はないようである。
私の場合、オルガさんが出してくれた料理を食べ始めるときは、日本語で「いただきます」と言って手を合わせ、食べ終わったら、これまた日本語で「ごちそうさまでした」と言うようにしていた。何も言わないで食べ始めたり、ナイフやフォークを置いたりするのは、どこか落ち着かなかったからである。日本語ではあるが、オルガさんにはこちらの気持ちがちゃんと届いていたように思う。
「いただきます」に対して、オルガさんから返ってくることばは、“Buen provecho”。これは、「おいしく召し上がれ」の意味で、これから食事を始める人に、「これからどうぞ食事を楽しんでくださいね」という気持ちで声をかける。
メキシコ人たちとレストランで食事をしていたときのこと。隣の席にいた二人連れが食事を終え、先に席を立った。まだ食事中だった我々に向かって、微笑みながらこう言った。“Buen provecho”と。レストランでたまたま隣に座っただけで、彼らとは友人でも知り合いでもないのだが。どうやら、どんな人であれこのように声をかけるようで、ごくごく普通に行われている挨拶ことばだった。
以来、“Buen provecho”は、私のお気に入りのスペイン語表現となっている。
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。