第26回 ノロマだっていいじゃない
コバン・ミヤガワ
ボクはめっぽうノロマな人間である。きっと生まれつきだ。
何かにつけて「ノロマ」という言葉がピッタリである。歩くのもビックリするくらい遅い。杖をついたマダムを、なかなか追い越せないでいる。何回か前に書いたが、持久走もいつもビリ。
生まれた瞬間のことをちゃんと聞いたことはないけれど、元気に産声を上げて生まれてきたとは、とても思えない。ヌルッと、ダラッと生まれてきたんじゃなかろうか。そう思えて仕方ない。
「君はマイペースだねぇ」なんて言われるけれど、単にノロマなだけである。ノロマであり、とことん怠惰なのである。
そんなもんで、世の中がせかせか動いて見えて仕方がない。「みんな頑張っててすごいなぁ」なんて思って常々生きているから、世の中には劣等感しかないのである。でも嫉妬というものが一切ないもので、それが「怠惰の根源」として厄介であり、ノロマの原因であり、ボクがボクの好きなところでもあるから、これがややこしい。
怠惰でノロマな自分を否定したいけれど、否定しきれず、「変われないなぁチクショウ」なんて悶えながらズルズルである。この文を書いているこの瞬間も「これを書いたら何か変わるかなぁ」なんて心のどこかで思っているけど、結局変わらないんだろう。
学生の頃は、特にそんな風だった。
特別勉強ができるわけでも、できないわけでもない。ちょっとヤンチャをする根性もない。部活なんかに興味もなく、熱を上げていたのは、役に立たないであろう音楽と落書きだった。そういった、自分自身へのある意味「絶望」とか、アイデンティティみたいなものでずっとモヤモヤしていたんだ。今考えれば、随分イタい奴だったのかもしれない。
そんな時、ある曲を聞いた。ふと耳に入ったロックンロール。特に衝撃を受けたわけでも、脳天にビビッと電流が走ったわけでもなかった。その時は、本当になんとなく流れていたのを聴いていただけだった。でも気がつくと、なんだかその曲に救われた気がしたんだ。
調べると、どうやらそのバンドは「Theピーズ(以下、ピーズ)」というバンドらしい。今でも度々聴き返しては、生きる活力をもらっている。
ピーズの魅力は「絶望」である。
銀杏BOYZが「欲望」を赤裸々に歌うなら、ピーズは「絶望」をさらっと歌う。「絶望」と聞くと、陰気で暗いバンドじゃないのか、と思われるかもしれない。確かにピーズの曲はとことん絶望感に溢れ、ネガティブだ。でも、聴いている人にそっと寄り添ってくれるパンクバンドなのである。
「絶望」を歌うのは、ベースボーカル(現在はギターボーカル)の大木温之(ハルさん)である。ハルさんの歌詞は、とことん後ろ向き。どれくらいネガティブなのか。ボクの好きな歌詞の一部を引用させていただく。
わざわざこんなチッポケな僕も 死んでしまうのさ
えらそーな気分でまるで一人前
(線香花火大会)
正面からマトモに自分を見れねーよ ボロだもん
(シニタイヤツハシネ)
いいコになんかなるな 頑張ったって無理だよ
君はカスだよ かなりカスだよ どうせカスだろ
(いいコになんかなるなよ)
戻らない人生も 半分はとっくだな
(ノロマが走っていく)
しんどそうで悪いか 眠そうで悪いか こんなもんだオラ もうしょうがねんだ
(生きてれば)
どうですか。暗っ! 陰気ですね〜。実に後ろ向きで、ポジティブとは程遠い。
こんなバンドのどこがいいのかって?
まぁまぁ。実際に聴いてみると実感できる。ハルさんは、こんなネガティブな歌詞をあまりにも飄々と歌ってのける。まるでそれが「当たり前だ」と言わんばかりに。聴いている方の気持ちは、重たくならない。
こうも重たい歌詞なのにそれに引っ張られないのは、こんなネガティブな歌詞の中に圧倒的な「深み」があって、優しい肯定が内包しているからだ。そんな歌詞の一例を。
誰もとめたりしないよしねえ すぐに忘れるよしねえ
五体満足のままでしねえ 何でも出来るくせにしねえ
(シニタイヤツハシネ)
外道にもなれた 卑怯にでも で、どうにか生きた ショイ込んで続くんだ
泣けんならいいさ 血吐くまで どうにかなるさ それまで生きろ 生きのびろ
(ノロマが走っていく)
どっかのアホでもいいんだ 死なない程度で充分だ
(生きてれば)
どうしてか気分が軽い。スカッとした気持ちだ。
ハルさんの綴る歌詞には「絶望」と同時に、どうしようもない状況を肯定し、気持ちいいまでハッキリ言ってくれる優しさがあるのだ。特別カッコつけず、どこまでも自然体。逆説的だが、そこがカッコよく、だからこそ心に突き刺さる。
絶望していて当たり前なんだ。どうしようもないカスで然るべきなんだ。
「ボクはどうしてこうなんだろう」という漠然とした疑問に対して「どうせクズなんだから! そんなもんだぜ」とあんまりカラッと言われるもんだから、あまりに気持ちいいし、心は軽いのである。
ハルさんがどこまで考えているのかは分からない。最高に下品な曲もある。「マスカキザル」とか「オナニー禁止令」とか。いい意味でテキトー。だからこそ「実は深い」ピーズの曲が刺さるのだと思う。
正直言って、大ブレイクをしたバンドとは言い難い。しかし、根強い人気がずっと、ゆるりと続いている。それは、ボクみたいにどこか屈折してしまった、どうしようもない人間を救い続けているからだと思う。間違いなく唯一無二のバンドだし、邦ロックに欠かせないバンドなのだ。
「欲望」と「絶望」。
ロックの永遠のテーマだろう。
聴いたことない方は『Theピーズ』というアルバムが聴きやすくておすすめです。
個人的には『リハビリ中断』というアルバムもおすすめ。程よく力を抜いてくれる、好きなアルバム。
今まで「この曲に救われた」っていう経験は何度かある。しかし振り返れば、「大丈夫だよ!」って励ましてくれる曲よりは、案外「そんなもんだぜ」なんて隣でポツリと呟いてくれる曲だったりするもんである。
何度このバンドに救われたことだろう。
別に背中は押さない。うなだれるボクの隣で、うんこ座りでタバコを吸いながら話を聞いてくれて、照れくさそうにボソッと呟く。
そんなバンド、Theピーズ。
[ライタープロフィール]
コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/