第12回 出張を旅に変える方法
スージー鈴木
サラリーマン時代のあれこれで、いちばん「あぁ楽しかったなぁ」と思うのは、出張です。
それも海外出張。90年代後半から00年代中盤、頻繁に東南アジアに出張しました。年は30代と、まだまだ若かったので、かなり精力的に訪れたものです。
「出張嫌い」という人も中にはいますね。私にはその感覚、よく分からなかったのです。だって、会社のお金で世界に旅ができるのですよ。楽しくないわけがない。
「会社のお金で世界に旅ができる」と書くと、語弊がありましょう。「出張は仕事だろ? 遊びじゃねえんだ!」と。でも、そういう言い方をする人に限って、あんがい「旅としての出張」をエンジョイしていたりするものです。
もちろん仕事はきっちりする。きっちりしながらも、逆に「出張は旅なんだ」と心に言い聞かせて、少しばかりの自由時間を徹底的に活かすのが、ロックンロール・サラリーマン流でしょう。
そのための秘訣(1)。まずは「行程はできるだけ自分が決める」。
何時にどこに行くかについては、出張だけにある程度決められてしまいますが、宿泊先や交通機関などは、できるだけ自分が決める。
全部人任せ、空港からホテルは全部タクシー……になると、単なる「お客さま」になってしまって、旅気分がまったく高まらない、ひどいときは、出張から帰ってきても、頭の中の地図に、移動した足跡が浮き出てこない。
逆に、地図を片手に、電車や地下鉄、バスなどの公共交通機関を徹底的に使いこなした出張は、頭の中に3-Dの地図が出来上がる。これこそが旅としての出張、これこそが旅の醍醐味だと、私は思います。
●出張におけるウォーキングシューズの効用について
もちろんいちばんいいのは歩く、とにかく歩くこと、です。そのために秘訣(2)。「ウォーキングシューズで行く」。出張の必携品と言っていいでしょう。
大きな靴屋さんに行くと、必ず並んでいるシニア向けのウォーキングシューズ。男性向けは、スーツにもぴったり合う、一見革靴っぽい見てくれなのに、実はゴムでできた柔らかく履きやすく歩きやすい靴が、たくさん売っています。
出張の種類は色々あるでしょうが、スーツを着なければならない出張は多いはず。でも、スーツに合わせて普通の革靴にしてしまうと、どうにも歩くのが億劫になって、気が付いたらタクシーに乗ってしまう。
ウォーキングシューズを履いて、スキマ時間を見つけては、とにかく歩く。てきれば事前情報を持たずに1人で歩く。すると街の空気が見えてくる。さっきの3-Dの地図に、視覚や嗅覚などの五感をまぶしていくイメージです。
最後は、買い物ですね。おみやげなどもさることながら、「自分の趣味に関する買い物に時間を割く」のが秘訣(3)です。
私の場合は、とにかくCDを買っていました。寸暇を惜しんで、街のCD店に行って、現地の若者と一緒になってCDを探し、買い漁ったのです。
もちろん事前情報などないので、ハズレCDも多かったのですが、数少ない当たりのCDは、今でも懐かしく思いながら、トレイに載せます。
時代的にポップスがヒップホップ化していくタイミングでした。当時はまだ「日本=アジアの代表」という感じは残っていたものの、それでもタイやインドネシアで、日本を超えるほど先鋭的なヒップホップが生まれているのを肌で感じた経験は、今の仕事に活きています。
そういえば、パリの大規模CD店に、なぜかビートルズの日本盤CDが置いてあって、ご高齢のフランス人女性に問われて、ジャケットに日本語で書かれている曲名を一つひとつ説明したことは、今となってはいい思い出です。
というわけで、自分で計画して、自分で動いて歩くのに時間を割いて、そして自分の趣味の肥やしとなるものにお金を割く。これが私の提唱する「旅としての出張」です。
「出張は仕事だろ? 遊びじゃねえんだ!」。でも、遊びの要素がなければ、いい仕事などできないとすれば――「出張は旅なんだよ!」
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ 1978-1985』(新潮新書)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。