第14回 接待の場で堂々と野球の話をする方法
スージー鈴木
大人になると、いろいろな場面で「政治と宗教と野球の話はするな」と言われるものです。
私は音楽評論家として、欧米の音楽家が、支持政党をはっきり表明したりするのを見るにつけ、「政治」の話については、日本でも、もうちょっとあけすけに話してもいいのにとも思うのですが、まぁ、なかなか難しいのでしょう。
で、問題は「野球」です。会社員時代、「取引先との接待で野球の話はするな」と、何度となく教えられた記憶があります。支持政党ならぬ「支持球団」が取引先の偉い人と食い違った場合、面倒になるからです。
分かりやすい例でいえば、相手方の偉いさんが巨人ファンで、こちらが阪神ファンだったら、話が噛み合わなくなる。まして、その時点のペナントレースで、両チームが競っていたりしようものなら、会話は一触即発になってしまいます。
──と、ここまで書いて「ビジネスの場でそんなに大人げないことがあるのか、今どき?」と思われる方がいるかもしれないことに気付いたのですが。でも、あり得るのです。球団には、熱狂的なファンがいます。そういう人の中には「好きなチームのことは全部最高、ライバルチームは全部最低」という極端な人が、たまにいるのです。あぁ、面倒くさい。
私は、千葉ロッテマリーンズという、あまり、そういうことに巻き込まれることのないチームのファンなのですが、それでも相手方が、パ・リーグの別チームのファンで、千葉ロッテを目の敵にしている可能性も、ないわけではない。
野球という、共通の趣味があれば、接待の会話にも花が咲こうというもの。しかし、チームの話になると地雷を踏む可能性があるということで、「接待で野球の話は避けろ」という判断になるのです。
でも、なんかもったいない気がしませんか? だって、その話さえしなければ、野球の話で盛り上がれるのに――と思い続けた私が編み出した「チームの話に入らずに、野球の話をする方法」を、今回は伝授したいと思います。
このメソッドを用いれば、接待でも、心置きなく野球の話ができるのです。
●現在は相対、過去は絶対
その唯一にして絶対の方法は──「今の話をせず、歴史の話だけをする」というものです。
「今の話」、つまり現在のペナントレースや、現在におけるチーム状態などの話はしない。だって、先に書いたように、地雷を踏む可能性があるから。
「うちの岡本和真のバッティングをそこまで見下しているのって、おたく、阪神ファンでしょう?」
「いやいや、もう菅野智之の時代ちゃいまっせ、うちの青柳晃洋が日本のエースでっせ」
おぞましい光景です。こんな接待ならば、ビジネスは必ず破談になるでしょう。
そうじゃなくって、話題を過去に置く。あなたが阪神ファンとして、
「青柳晃洋なんてあきませんわ。やっぱり菅野智之でっしゃろ」
と話すのは抵抗があったとしても、
「2002年の西武との日本シリーズの4タテ。あの年の巨人は強かったわぁ。清原がよう打ちよって」
なら言えるでしょう? で、相手方もおそらく、今の巨人の話をされるよりも気持ちがいいはず。
ポイントは、現在の野球話は相対的で、過去は絶対的だということ。現在の話は、どうしても相手チームとの相対的なせめぎ合いに陥りがちで危険。でも、過去の素晴らしい選手や記録の話は、すでに絶対化されている。だから話も盛り上がりやすいということなのです。
相手方がかなり年上の場合、さらに強いトークは「●●年の■■、一度でも生で観たかった!」話です。●●は年代の数字、■■は選手名。もちろん■■は、相手方が好きなチームに属していた選手がいい。
「2002年って、松井秀喜がホームラン50本も打ちよりましたわな。あぁ、あのときのゴジラの飛距離、一度でいいから、生で観たかったわぁ」
と話した途端、相手方は相好を崩して、その年の松井秀喜の飛距離を生で観たときの話をし始めるでしょう。
この方法は最強なので、相手方の好きなチームを把握した上で、歴史を辿って、「生で観たかったわぁ」な「年代×選手」をあらかじめ調べて、接待に臨むべきですね。
ちなみに私の経験によれば、以下の「年代×選手」は、相手方がどこのチームであろうと、「野球ファン」として、話が盛り上がります。暗記しましょう。
・年間42勝!~ 1961年の稲尾和久(西鉄)
・年間401奪三振!~1968年の江夏豊(阪神)
・年間106盗塁!~1972年の福本豊(阪急)
・本塁打世界記録756号!~1977年の王貞治(巨人)
・33試合連続安打!~1979年の高橋慶彦(広島)
・打率.389!~1986年のランディ・バース(阪神)
・年間210安打!~1994年のイチロー(オリックス)
なお、接待の会話における「現在は相対、過去は絶対」論は、野球だけでなく、例えば音楽とかも含め、エンタメ全体に通じる話なのです。若者よ、歴史を勉強しましょう。未来の平和と、そして接待の平和のために。
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ 1978-1985』(新潮新書)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。