スージー鈴木のロックンロール・サラリーマンのススメ 第16回

第16回 すべては「2枚目の名刺」から始まる

 

「2枚目の名刺」を作るべきだと思うのです。すべての会社員は。

この文章を読んで、作ろうと思い立つ、いや実際に今すぐ作っちゃう読者が数人でもいることを祈って、以下を書きます(ってか、最近はネットで安く早く作れるのですから)。

作り方としては、まずは肩書きです。なくてもいいけど、後で述べる名刺の効用からすると、あった方が絶対いい。サラリーマンという本業以外で「名乗りたい肩書き」を入れる。やりたい副業や、退職後の夢、もしくは「野球愛好家」みたいな趣味でもとりあえずはOK。

芸名、ペンネームを作ることもおすすめします。かくいう私も「スージー鈴木」という芸名を、大学時代から使っていました。別に本名を名刺に記してもいいのですが、何となく現実と地続きになるのがかったるいという感じもあると思うので、芸名にすることを勧めます。

逆にこの時代、自宅住所や固定電話を名刺に刷る必要はあまりない。メールアドレスと携帯電話番号をマストとして、加えてツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどのアカウントを入れておくと便利だと思います。

ま、実際のところ、そもそも「名刺」というツール自体の必要性も、世の中的に徐々に低下してきているのですが、それでも作ることに意味があると思うのです。なぜか。それは、名刺を渡される相手というよりも、渡す自分自身に向けての大きな意味が。

日本を代表する「分人主義者」。ジャケットにも彼の「分人」が何人も

 

●「分人主義」というロックンロール

芥川賞作家の平野啓一郎は「分人」という考え方を説いています。以下、「分人主義」の公式サイトより引用。

──「分人dividual」とは、「個人individual」に代わる新しい人間のモデルとして提唱された概念です。

──「個人」は、分割することの出来ない一人の人間であり、その中心には、たった一つの「本当の自分」が存在し、さまざまな仮面(ペルソナ)を使い分けて、社会生活を営むものと考えられています。

──これに対し、「分人」は、対人関係ごと、環境ごとに分化した、異なる人格のことです。中心に一つだけ「本当の自分」を認めるのではなく、それら複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉えます。この考え方を「分人主義」と呼びます。

 

私の考える「ロックンロール・サラリーマン」は、まさに、この「分人」の考え方と一致します。というのは、人それぞれとは思いつつ、それでも日本の会社員はおしなべて、身も心も会社に拘束されすぎだと思うからです。

複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉えること。つまり本業=サラリーマンを真ん中に置きつつも、それ以外の色んな顔、特に副業や夢、趣味など、別の「肩書き」を自分に認める、(いや気分的には)自分に「課す」人生の方が楽しい、はず。

「分割することの出来ない一人の人間」全体を会社一辺倒に捧げ続けて、定年退職した瞬間に自我を喪失し、路頭に迷う──なんて話を聞きますが、そうではなく、在職中から「2枚目の名刺」を持っておく。つまり2つ目の「分人」を意識しておく。

私はそう信じて、会社員時代から、「評論家」と書いた名刺を作って、執筆活動を地味に続けていました(彩流社から発売されている拙著は、すべて会社員時代のものです)。会社員という定収がある状態の下で執筆活動の地盤を築けて、本当によかったと思っています(定収がなければ、仕事を断れなくなりますからね。この話はまた別の機会に)。

で、別の「肩書き」を自分に課す最大のキッカケが、名刺という具体物なのです。名刺が刷り上がった瞬間、もうひとつの「肩書き」が具体化する。可視化する。人生の風景がガラッと変わる──そんな莫大な効果に対して、ネットで作る名刺の印刷費なんて、本当に安い。平野啓一郎はこう続けます。

──自分自身を、更には自分と他者との関係を、「分人主義」という観点から見つめ直すことで、自分を全肯定する難しさ、全否定してしまう苦しさから解放され、複雑化する先行き不透明な社会を生きるための具体的な足場を築くことが出来ます。

「分人主義」──これを私は「ロックンロール」と読み替えます。

 

 

[ライタープロフィール]

スージー鈴木(すーじーすずき)

音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。

著書…『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ 1978-1985』(新潮新書)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。

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