噺のつれづれ 第3回

第3回 落語の深みにはまる方法

 

どんなものを好きになるにしても、最初は手当たり次第に触れていく。吸収していくことでより深く理解することになる。「落語」も同じだ。

最初はより多くの噺家の落語を聞けばよい。寄席に出かけ、地域寄席に出かけて落語を聞く。最初のうちは、落語そのものが「未知」だから、どんなストーリーだろうという興味がある。新しい「はなし」を聴けば好奇心はさらに刺激され、どんどん「聞いた噺」が増えていくはずだ。

落研の人や、『サライ』みたいな入門雑誌を読んでいる人の中には、速記本や、もっと手軽に噺の概略を書いた本で落語を頭に入れようとする人がいるようだ。

これはいわば、せっかくのごちそうを食べずにレシピ本を見て済ませるようなものだ。もったいないし、落語が好きになるとは思えない。せめてテレビ、ラジオから落語に接していただきたい。

落語は知っていることが自慢になるような芸能でもないし、じっくりと聞けばよいのだと思う。

落語のネタ数は300とも500ともいわれるが、その中で繰り返し演じられるのは100程度だろう。寄席に行ったり、テレビやラジオで落語に接したりしているうちに、1年もすれば、大抵の落語は「もうあらかた聞いた」状態になるはずだ。単に筋書だけを追いかけるのなら、これで「マスターした」ということになるかもしれない。

 

しかし、落語の面白さにのめりこむのは、実は「ここから」なのだ。

すでに聞いたはずの落語も、演者が変われば少しずつ違う。演者ごとの解釈の違いがある場合もあるし、つけてもらった(教えてもらった)師匠の違いもある。その噺家のアドリブもある。

その「差」について考え始めると、落語はより深く面白くなってくるのだ。

 

例えば、「宿屋の富」(上方では「高津の富」)。

田舎から出てきた文無しの男が千両富をあてて宿屋に帰ってくる。宿屋の主とは富が当たったら半分やるという約束をしている。富が当たって慌てる文無しの男、宿屋に主に約束の履行を迫られると、ある噺家は「分けてやるよ五両でも十両でも」と言わせた。他の噺家にはそういうセリフはない。

「五両でも十両でも」という噺家は、千両当てた男がにわかに半分やるのが惜しくなった、ということを表現している。後味はやや悪くなるが、立川談志の言う「業の肯定」の味わいが出てくる。そのセリフを言わせない噺家は、この落語をおめでたいストーリーで終わろうとしている。

どちらが良いというより、その演者の価値観の差が出てくるわけだ。

 

例えば「らくだ」。

聞かせどころは、フグを自分でさばいて食べて死んだ「らくだ」という男の友だちの無頼男と、この男に葬式の準備の走り遣いをさせられる紙屑屋。この上下関係が酒を飲むうちに逆転する。紙屑屋の方が偉そうになるのだ。このタイミングが噺家によって違う。

ある噺家は、紙屑屋に「これからは兄弟分になろう」と言わせ、そののちに「兄貴頼むとなぜいわん」と言わせる。紙屑屋が「兄貴分」を自称した瞬間に立場が逆転しているのだ。

他の噺家は酔いが進むうちに、怖いはずの無頼に対して「何言ってやがる」と毒づく瞬間に立場を逆転させる。

前者は聴くものに理知的に訴えかけている。後者は感情的に訴えかけている。これは噺家の個性に起因する演出法の差だ。

同じ言葉を言っても、若手とベテランでは全然違ってくる。前座噺と言われる軽いネタを大師匠がやると、「こんなに面白いのだ」とつくづく感心することもある。

 

また、東京でいえば「古今亭」と「柳家」で同じ噺でも演出法が違う場合がある。そういう「家の芸」の違いを味わうのも楽しい。

 

さらに言えば、同じ噺家でも、年齢を重ねるとともに落語の演出が変わっていくこともある。枯れてくるとともに、昔は大爆笑を取っていた演出を引っ込めてしまうこともある。

 

落語を通して、一人ひとりの噺家の資質や性格、価値観、人生観を知ることができる。そして「家の芸」にふれることもできる。さらに、「人間の年輪」にふれることもできる。こうした落語家の演出の一つ一つを「なぜそうしたのだろう?」と考えるところから、“病膏肓に入る”状態に入っていくのだ。

 

落語を聴く、というのは結局、「人間を聴く」ことになると思う。

 

 

[ライタープロフィール]

広尾晃(ひろお こう)

1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」執筆。また文春オンライン、東洋経済オンライでも執筆中。主な著書に『プロ野球なんでもランキング 「記録」と「数字」で野球を読み解く』(イースト・プレス、2013年)『プロ野球解説者を解説する』(イースト・プレス、2014年)『もし、あの野球選手がこうなっていたら~データで読み解くプロ野球「たられば」の世界』(オークラ出版、2014年)『巨人軍の巨人 馬場正平』(イースト・プレス、2015年)『ふつうのお寺の歩き方』(メディアイランド、2015年)『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ』(イースト・プレス、2016年)『奈良 徹底的に寺歩き 84ヶ寺をめぐるルート・ガイド』(啓文社書房、2017年)等がある。

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